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名古屋地方裁判所 昭和63年(ワ)1192号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、不動産の売買及び賃貸借業を営むにつき「株式会社第二アメ横ビル」の商号及び「アメ横」という表示を使用してはならない。

2  被告は、名古屋法務局昭和六三年一二月六日受付をもってした被告の登記中「株式会社第二アメ横ビル」の商号の抹消登記手続をせよ。

3  被告は、原告に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する昭和六三年四月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第1項及び第3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告設立の経緯とその商号の周知性

(一) 原告は、JR線上野駅から御徒町駅に至るガード下及びその周辺の地域(以下「本件地域」という。)に存在する約五〇〇の卸売業者及び小売業者(以下「卸・小売業者」という。)を会員として構成される社団であり、昭和三〇年ころ、名称を「上野問屋街連合会」として、会員の経済的地位の向上を主目的とし、主な事業として会員全体の宣伝広告、定期及び臨時の大売出し等を行うために発足した。原告は、団体としての組織を備え、また、事業の目的、代表者選出の方法、総会及び理事会の運営並びに会計に関する諸規則を定めており、個々の会員は原告の財産について個々の持分を有しないものであり、いわゆる権利能力なき社団である。

(二) 原告は、その名称を昭和四四年に「アメ横問屋街連合会」に、同六一年二月二八日に現名称である「アメ横商店街連合会」にそれぞれ変更したものであるが、設立当初から、「アメ横」又は「アメ横連合会」の通称で著名であった。

「アメ横」という名称は、戦後まもなく本件地域附近に引揚者を中心に飴を売る卸・小売業者が軒を連ね、これが「アメヤ横丁」として全国的に著名になったことに端を発し、次いで、程なく、アメリカ軍の物資その他の舶来物資を扱う店が飴屋を上回る勢いで増えたことから、昭和二〇年代前半には、原告会員である卸・小売業者を総称して、いつしか「アメ横」と呼称されるようになったものである。そして、同二〇年代後半には、地域的にも人的にも大幅な広がりを見せ、現在原告会員が営業を行っている本件地域附近の幾重にも縦横に走る複数の通り沿いの広い地域に、現在とほぼ同数の三〇種類余の業種の業者が一大商店街を形成するに至り、「アメ横」という名称は、「飴屋横丁」又は「アメリカ横丁」というイメージを完全に脱皮し、一つの通り又は地域の名称にとどまらず、本件地域における右商店街及び商店街を構成する商店群を総称する通称となった。

右商店群での年末の買出し風景等は、東京の年の瀬の風物誌として、昭和二〇年代ころから、ラジオ、テレビ、新聞、雑誌等で全国に紹介されて著名であり、「アメ横」という名称は、商店群を総称する通称として全国に知られてきた。

原告は、昭和三〇年に、右地域内のすべての商店を会員とする社団組織として発足し、右商店群を総称する「アメ横」という名称を総有的に承継したものであり、発足以来、通称を「アメ横」と自ら称し、かつ、他から称されてきた。

なお、原告は、原告自身では商号登記又は商標登録ができないため、やむなく、昭和四四年に原告の構成会員個人名で「アメ横」という名称の商号の登記を了し、その商号の管理をしてきている。

(三) 「アメ横」という名称は、次のような事情により、原告の発足後間もなく、原告の通称、営業表示として全国的に知れ渡り、現在に至るまで、全国的に広く認識されてきている。

(1) 原告会員は、全国各地の業者から、鮮魚、海産物をはじめ多品目の商品を継続的に仕入れてきているものであるところ、これら全国各地の納入業者は、連日のように原告会員の所に商品を納入することから、「アメ横」という名称が原告の通称となり、「アメ横」という名称を付した各種の大売出し及び催し事がすべて原告の主催の下に行われ、個々の原告会員自身では、右のような催し事を「アメ横」という名称を用いて行うことはできないことを、早期に知ることとなった。

(2) 原告は、昭和三六年ころから、全国各地の商店又は商店会の要請により、また、同四二年ころからは、全国各地のデパート、量販店等の要請によって、右商店又は商店会が「アメ横バーゲン」、「アメ横バザール」等の名称の大売出しを実施するために「アメ横」という名称の使用を許可し、右商店又は商店会から同名称の使用料を徴収するようになり、現在に至っている。

(3) 「アメ横」という名称が全国的に周知性を獲得した反面、昭和四〇年ころから、原告の許可なしに「アメ横バーゲン」等の表示を使用する者が全国各地で目立つようになったので、原告は、これらの者に対し、「アメ横」という名称の使用差止めの警告を発したり、又は所要の仮処分申請を行って右表示使用者と和解をするなどして、右表示の使用をやめさせてきた。

2  被告の商号等使用の態様

(一) 被告は、不動産の売買及び賃貸借を行うことを業とする会社であり、昭和二六年七月六日、商号を「赤門興業株式会社」として設立されたが、その後、商号を、同五八年三月一八日「株式会社第二アメ横ビル」に、同六二年一〇月二七日に「株式会社アメ横ビル」に、更に同六三年一二月一日に「株式会社第二アメ横ビル」にそれぞれ変更し、右の各変更に応じて、それぞれ同五八年三月二二日、同六二年一〇月三〇日及び同六三年一二月六日にその旨の変更登記を了した。

(二) 被告は、本店所在地に第二アメ横ビルという店舗ビルを所有し、右建物屋上に「アメ横」と表示した看板を設置し、入口及び右建物内の案内図にも「第二アメ横ビル」又は「アメ横」の表示をして、右建物に入居している店舗群があたかも「アメ横」という通称の社団である原告の構成員であるかのような外観を作りだしているほか、現に、右建物内の店舗群の大売出し、催し物を「アメ横ビル」の催しとして宣伝又は広告する行動を採っている。

なお、被告は、名古屋市中区大須三-三〇-八所在の「第一アメ横ビル」という名称の建物についても、右と同様の方法で管理運営を行っている。

3  営業主体の混同

(一) 表示の類似性

「アメ横」という名称は原告の通称であるが、被告の商号は、「アメ横」という名称に「第二」及び「ビル」という表示を加えただけであり、原告の右通称に類似する。

(二) 営業の類似性

被告は、名古屋市中区大須地区内の二つの大型ビル全館において、「アメ横」という名称の下に多数多品種の小店舗を入居させて「安売り」を最大のセールスポイントとして、貸店舗業を営んでいるが、安売りは、「アメ横」の有するイメージそのものである。また、右建物内の店舗群の大売出し、催し物を「アメ横ビル」の催しとして宣伝又は広告する行動を採っているが、これは、原告が、その会員全体の催しの宣伝又は広告を「アメ横」という名称を使用して行うのと同様である。

(三) 混同の実例

原告は、被告の管理する前記建物が原告の管理運営するものであると誤認していた旨の一般需要者の声を数多く耳にしている。

(四) 以上によれば、被告がその商号及び「アメ横」という表示をして営業を行う行為は、原告の営業上の施設又は活動と混同を生じさせる行為に当たる。

4  営業上の利益を害されるおそれ

原告は、遅くとも昭和三八年ころからは、「アメ横」という名称の使用料を徴収するようになり、右使用料収入が原告の重要な財源となった。しかし、被告が、前記のような営業を実施するようになった同五五年ころ以降は、被告所有の前記二ビルの評判があまりに悪く、中京地域次いで関西地域において、「アメ横」という名称のイメージが極めて悪くなっていったことから、右両地域のデパート、量販店等は次々と「アメ横バーゲン」の催し物を止めるようになり、右使用料収入は減少した。

右のように、原告は、「アメ横」という名称を使用して行う被告の営業により、「アメ横」という名称の使用料収入の減少を被り、「アメ横」という名称に対する信用力、イメージ等の低下をもたらすなど、その営業上の利益を害されているものである。

5  損害賠償

被告は、故意又は過失により、昭和五八年三月一日に商号を「株式会社第二アメ横ビル」と変更した当時から今日まで、「アメ横」という名称を使用したビルの賃貸業を営み、原告の営業上の利益を害したから、これによって原告が被った損害を賠償する義務があるところ、右期間中に右ビルの賃貸業によって被告が三億円を下らない利益を挙げていることが確実であり、右利益相当額が原告が被った損害であるとみるのが相当である。

6  よって、原告は、被告に対し、不正競争防止法一条一項二号に基づき、請求の趣旨第1項の商号及び営業表示の使用差止め並びに同第2項の登記手続を、また、同法一条の二第一項により前記損害金の一部である金一五〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和六三年四月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1について

(一)の事実は不知。(二)の事実のうち、「アメ横」という名称が本件地域の商店街又は商店群を総称する呼称として使われることがあること、「アメ横」での年末の買出し風景等がしばしばマスコミにより報道されてきたこと及び原告が商号登記又は商標登録を受けることができないものであることは認めるが、「アメ横」という名称が原告の通称であること及び原告が「アメ横」という商号の管理をしてきていることは否認し、その余の事実は不知。(三)は争う。

2  同2について

(一)の事実は認める。(二)の事実のうち、被告が本店所在地に第二アメ横ビルを所有し、右建物屋上に「アメ横」なる看板を設置し、入口及び右建物内の案内図に「第二アメ横ビル」又は「アメ横」の表示をなしていることは認め、その余の事実は否認する。なお、第一アメ横ビルは、被告が所有し経営するものではない。

3  同3の事実は否認する。

原告は、自ら営業を行うものではなく、周知性の前提が欠けているのであり、その事業は、原則として、本件地域内で行われるものである。

これに対し、被告の営業は、店舗ビル賃貸を業とする商人としての営業を名古屋地区において行っているものであり、原告の事業とは、顕在的にも潜在的にも、およそ競業関係を生ずる可能性がないものである。また、被告のビルにおける賃貸店舗は、電器機器の店舗が中心であり、名古屋地区では、最先端の電子製品及びその部品が、何でも、しかも安価に買える店として有名であり、東京の「アメ横」地区の商店群とは、営業の内容も異なっている。

したがって、原告のような東京のアメ横地区の商店会ないし商店会連合会が名古屋で右店舗ビルを営業しているなどと考える者が存在するはずがない。

4  同4の事実は否認する。中京地区及び関西地区で「アメ横バーゲン」のような企画があまり行われなくなったのは事実であるが、これは、近年、海外旅行者が急増し、舶来品を海外で安く買えるようになったこと、国内でも安く買える店が増えたこと、安いNIES商品が流入していること等により、「アメ横バーゲン」又は「アメ横バザール」に魅力がなくなり、集客力がなくなったためであって、被告の営業活動とは、全く関係がない。

5  同5の事実は否認する。

三  被告の主張

1  「アメ横」という名称が原告の通称ではないこと

(一) 「アメ横」という名称は、東京の上野から御徒町に至るガード下西側道路がかつて「アメヤ横丁」と呼ばれたことに由来する右地域付近の地名であり、アメヤ横丁地域が単にそのように略称されているものにすぎない。すなわち、原告又はその構成員は、「アメヤ横丁(アメ横)にある商店会連合会」又は「アメヤ横丁(アメ横)にある○○商店」として認識されているにすぎず、「アメ横」という表示が原告又は商店自体を識別するために使用されているわけではないのであるから、「アメ横」という名称が原告の通称であるということはあり得ない。「アメ横」という表示を使用することは、「銀座」、「原宿」等の一定のイメージを持つ有名な地名を営業表示に使用することと基本的には同じことであり、このような使用は、出所地誤認行為(不正競争防止法一条一項四号)とならない限り、法的に許容されるものである。

(二) 「アメ横」という名称は、「アメ横」地域(本件地域)の商店群の総称として使われることがあるが、この商店群は、もともと一つの営業主体ではなく、かえって、原告の主張によれば、三〇種以上の業種の五〇〇余の業者によりなるもので、そこには互いに激しい競争があり、資本的結合関係や協力的事業関係は存在せず、個々の業者の売上げやその合計額すら把握されていないものである。したがって、このような商店群をもって一つの営業主体であるということはできず、「アメ横」という名称がこれらの商店群の営業を表示するものであるということもできない。

(三) 仮に、「アメ横」という名称がこれらの商店群の営業を表示するものと解することができたとしても、営業表示の承継が認められるためには、これによって表示される営業活動の承継が伴うことを必要であると解されるところ、原告は、これらの商店群の営業を承継しているわけではないのであるから、原告がこれらの商店群の営業表示である「アメ横」という名称を承継することもない。

2  「営業」に該当しないこと

(一) 不正競争防止法一条一項にいう「営業」とは、広い意味で競業関係を生ずべき事業を指すものと解すべきところ、原告は、その主張によれば、「会員の経済的地位の向上を主目的とし、会員全体の宣伝広告、定期及び臨時の大売出し並びにこれらに付帯する一切の業務を行うこと」を目的とする権利能力なき社団である商店会ないしその連合会であり、原告のこのようなアメ横地域(本件地域)の発展とその会員相互の共存共栄を図る事業は、他者と競業関係を生ずる余地のないものである。

(二) 原告が、右の宣伝広告等を行うために会員である業者から会費を徴収していたとしても、それは、団体内部の経費分担のためにすぎず、対価性のある支払とはいえないのであるから、原告の事業は、経済上収支相償うことを前提として遂行される事業ではない。

(三) また、原告は、「アメ横」という名称の使用料を第三者から徴収してきたと主張するが、右名称使用料収入は一人分の人件費に足りない程度のもので、デパート等のバーゲンの主催者側が原告とのトラブルを避けるために僅少な金額を謝礼ないし寄付金として支払っているものにすぎず、このような名称料の徴収をもって経済上収支相償うことを前提として行われる原告の営業であるとは到底いえない。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  「アメ横」が原告の通称であること

原告は、原告の構成会員である商店群からなる商店会ないしその連合体であるが、実質的には、右商店群と原告は事業目的、運営、経理等あらゆる面で密接不離の関係にある。「アメ横」という名称は、昭和二〇年代の後半には、商店群全体を呼称する通称になっていたところ、同三〇年に、商店群全員が構成会員となって原告が組織されると、原告と右商店群との密接した関係から当然の帰結として「アメ横」という名称が右商店群から原告に承継され、「アメ横」という名称は、原告を指称することとなったものである。

2  原告の通称「アメ横」の周知性

原告の構成会員の商店群による歳末の大売出し等は、マスコミを通じて古くから有名であり、原告発足後は、右商店群イコール原告のイメージにより、「アメ横」という名称は、原告の通称として知られるようになった。

また、原告が、昭和四〇年ころから、「アメ横バーゲン」、「アメ横バザール」という名称の催し物に「アメ横」という名称の使用を有料で許諾するという事業を行うようになり、同四〇年代後半ころからは、このような催し物が全国各地のデパート、量販店等で毎年三〇件以上恒例化して行われるようになったことから、原告の通称としての「アメ横」は全国的に広く知られるようになった。

3  「営業」に該当することについて

不正競争防止法の「営業」は、商法上のそれとは異なり営利又は非常利の別を問わず、収支相償う程度の意図でなされる継続的事業であれば足りると解される。

原告は、商店群の大売出し等の催し事、防犯・防災、道路交通の整理その他の原告の構成会員である商店群の営業活動の重要部分又はこれと密接に関連する事業を継続的に行ってきたものであり、構成会員自体の営利活動の一端を担うことにより営利事業を営むものであると解し得るし、右の事業遂行上の経費は、構成会員の支払う会費及び個別的な事業に際しての分担金により大部分が賄われ、収支相償うものである。また、原告は、デパート、量販店等に対し、「アメ横」という原告の名称の使用を許諾して使用料を徴収するという事業を行っているものである。したがって、原告は、不正競争防止法にいう「営業」を行っている者である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  「アメ横」という名称が本件地域に存在する商店街又は商店群を総称する呼称として使用されることがあること、右「アメ横」の商店街での年末の買出し風景等がしばしばマスコミにより報道されてきたこと及び原告が商号登記又は商標登録を受けることができないものであることは当事者間に争いがない。

二  原告は、「アメ横」という名称が原告の営業を表示するものとして日本全国において広く認識されている旨主張するところ、被告は、これを争い、「アメ横」という名称はもともと地名の略称で、この名称が当該地域の商店群の総称として使用されることがあっても、原告自体の営業を表示するものではない旨主張するので、まず、この点について検討する。

1  前記争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、本件地域に存在する約五〇〇の卸・小売業者を会員として構成されているいわゆる権利能力なき社団であり、会員のために必要な共同事業を行い、もって、会員の自主的な経済活動を促進し、かつ、その経済的地位の向上及び福祉の増進を図ることを目的とするものである。原告は、右目的達成のために、本件地域における道路交通の整理、保健衛生の充実、広報宣伝、大売出し等の催し事の実施、防犯・防災の訓練の指導、本件地域再開発に関する諸施策の拡充、会員及びその従業員の親睦及び福利厚生、会員販売品の不良品の排除及び不当表示等に対する改善指導等の事業を行っている。

(二)  原告は、戦災により焼け跡となった本件地域に発生した闇市がその後の経済復興に伴い商店街に発展していったことを背景に、当該商店街の交通整理とごみ処理の必要性から昭和二七年四月に有志によって作られた協力会を前身とし、これが発展して同三〇年に上野問屋街連合会という名称で発足し、次いで、その名称を同四四年にアメ横問屋街連合会に、更に同六一年二月二八日にアメ横商店街連合会に変更して現在に至っているものである。

(三)  「アメ横」という名称は、戦後間もない時期に、本件地域内において飴を売る業者(飴屋)が多かったことから「アメヤ横丁」という通りないし地区の通称が生じ、それが「アメ横」と略称されるに至ったものである。その後、本件地域の商店街が急速に発展していったことから、遅くとも昭和四〇年代ころまでには、「アメ横」という名称は、本件地域全体の通称となり、また、本件地域の商店群の総称として使用されるようにもなった。

(四)  本件地域は、戦後間もなくいわゆる青空市場ないし闇市として賑わうようになり、当初は、飴屋その他の食料品関係の店舗が多かったが、朝鮮戦争のころから進駐軍放出物資その他のアメリカ製を中心とするいわゆる舶来物資の販売を行う店が増え、その後更に多数の店舗が多種多様な商品を競って安価で販売する活気のある商店街として発展し、最近では、本件地域の一日当たりの人出は、平日で約二〇万人、歳末の買出し客の多い時期には約五〇万ないし八〇万人にも達している。

本件地域が右のように発展していくに連れ、本件地域の通称としての「アメ横」という名称は、次第に広く周辺地域において知られるようになり、更に、歳末の買出しで賑わう本件地域の様子がテレビ、ラジオ、新聞、雑誌等により紹介されることによって、「アメ横」という名称は、活気のある商店が並ぶ通りないし地域の通称として全国的に広く知られるようになった。

2  不正競争防止法に基づいて商号の使用差止めを求めるためには、原則として、当該表示が自己の営業の表示として周知されていることを要するものであるが、上記認定の事実によれば、「アメ横」という名称は、もとは本件地域内の通りないし地区の通称であった「アメヤ横丁」が略称されることによって生じたものであって、本件地域の通称であり、また、本件地域に店舗を構える商店群の総称としても用いられるようになったものであって、「アメ横」という名称が全国的に広く知られるようになったのは、原告の営業の表示としてよりもそのような地域又は商店群を示す通称としてであることが認められる。

3  この点に関し、原告は、本件地域の商店群と原告は密接不離の関係にあるので、昭和三〇年に右商店群全員が構成員となって原告が組織された際、「アメ横」という名称が原告に当然に承継されて原告を指称することとなった旨主張する。

しかし、周知性を有する営業表示の承継が認められるためには、当該表示に係る営業を共に承継することが前提となるものであるが、前記認定の事実によれば、原告の事業目的は本件地域の個々の商店ないしその集合としての商店群とは全く異なるものであるし、そもそも、本件地域の商店群は個々の商店ごとに各別に営業を行うものであって、右商店群全体を一つの営業主体ということはできないのであるから、商店群全体の通称である「アメ横」という名称は営業の表示ということさえできないものである。また、「アメ横」という名称は本件地域の個々の商店の営業を表示するものではないし、原告が個々の商店の営業を承継するものでもない。したがって、右のいずれの点からしても、原告が本件地域又は同地域の商店群の通称である「アメ横」という名称を営業の表示として承継したといえないことは明らかである。このことは、原告が本件地域の商店を構成員とし、本件地域ないし同地域の商店群全体の発展に寄与することを目的とするものであっても、変わりはないものである。

4  また、原告は、昭和四〇年ころから各地のデパート、量販店等が行う「アメ横バーゲン」、「アメ横バザール」等の名称の催し物に「アメ横」という名称の使用を有料で許諾するようになったこと等によって、「アメ横」という名称は原告の通称として全国的に広く知られるようになった旨主張し、〈証拠〉によれば、原告が、同年ころから各地のデパート、スーパーマーケット等が「アメ横バーゲン」、「アメ横バザール」という表示の大売出し等を開催する際に、有償で「アメ横」という名称の使用を許諾してきたこと、無断で「アメ横」という名称を使用した者に対しては、警告を発したり、右名称の使用禁止の仮処分を求めて和解をしたりするなどしてきたことを認めることができる。しかしながら、右証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告の右のような行為は、それが原告の名称が上野問屋街連合会であった当時から行われていることからも窺えるように、原告自体の営業の表示の使用を許諾し、又はその保全ないし管理を行ったものというよりも、むしろ本件地域の商店群の表示として無形の価値を有するに至った「アメ横」という名称を事実上利用し、又は管理するものであったと認めるのが相当であり、したがって、本件地域の通称又は同地域の商店群の総称としての「アメ横」という名称の周知性を高めるものではあったとしても、それによって、「アメ横」という名称が原告自身の営業の表示として広く知られるようになったものであるとは到底いうことはできない。

そのほか、「アメ横」という名称が原告の営業の表示として周知性を有するに至ったことを認めるに足りる証拠はない。

三  以上のとおり、「アメ横」という名称ないし表示は、不正競争防止法一条一項二号にいう「広ク認識セラルル-他人ノ営業タルコトヲ示ス表示」であるとは認められないのであるから、原告の同法条に基づく本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浦野雄幸 裁判官 杉原則彦 裁判官 岩倉広修)

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